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反日感情とロックバンド
靖国問題は政治的反日
元旦に小泉首相は靖国神社に参拝したという。 これに対し中国や韓国からは、いつもながら猛反発がなされている模様で、
韓国の朝鮮日報によると、
ハンナラ党の朴振(パク・ジン)スポークスマンは論評を出し、「新年劈頭の小泉首相の電撃的な神社参拝は、アジアの平和を揺るがす衝撃的な出来事で、遺憾だ」とし、「太平洋戦争のA級戦犯の位牌のある靖国神社に正式参拝したことは、自ら侵略戦争を崇拝する行為であり、国際社会の信義にも反する行為」 【チョソン・ドットコム】
とある。 ”アジアの平和を揺るがす”っていうのがすごい。 神社へ参拝しただけなのに・・・。

で、さらに中国の人民日報はどう報道してるかというと、
靖国神社には、中国やアジアの人々の鮮血で両手を染めたA級戦犯が祭られている。小泉首相は侵略の大きな被害をうけた中国やアジアの人々の感情や、国際的な共通の認識と良知を無視し、A級戦犯が祭られる靖国神社への参拝を二度三度と繰り返した。これは侵略の歴史を反省するという自身の約束に反するだけでなく、中日関係の政治的な基礎を一層損なうものだ。こうした背信行為は、中国の人々にとっては断じて受け入れられない。 【人民網日本語版2004年1月2日】
と、 かなりご立腹な気迫が伝わってくる。 韓国よりはやや大人びた批判だけど、要約すれば「靖国参拝は背信行為だ!」というわけだ。
まるで、「鐘をたたけば音が鳴る。」ように、両国の反発はまさに”予想通り”だった。 もうこうなってくると、ぼくにはこの2ヵ国はこうした抗議をむしろ楽しんでいるような気すらしてくる。
彼らは日本政府に対して訴えるだけでなく、国内にも 「ほら、ちゃんとあいつらに抗議し続けてますよ。」という姿勢を表明しているにすぎないからだ。
だから政治的な干渉についてはそれほど心配していないし、これも政治的駆け引きカードの一枚にすぎないと思っている。
むしろ深刻なのは、一般民衆に着実に根ざしつつある反日思想だ。
深刻な大衆レベルの反日感覚
珠海の集団買春事件や西安の寸劇事件などをきっかけに繰り広げられた『反日デモ』は、実際に現地に住む日本人達にとって、それなりに影響を被るものだった。
一連の事件は”下品でスケベな行為”の他に、”当人達に悪気がなかった”という共通点がある。
日本では中国人による凶悪犯罪が氾濫しているが、中国で日本人が同様のことをしているわけではない。
にもかかわらず、あれほどの大規模な騒ぎになってしまったのである。 また、過敏に反応した中国人達は、その辺にいるごく普通の人たちだった。
彼らの神経を逆なでたのは、「中国人をバカにするな!」という民族意識と、それを支える根深い反日思想だったのだろう。
1989年の天安門事件以来、中国政府は今後政府にたてつく者が出ないようにと、愛国教育を徹底させた。
人民を一つにまとめるために外側に敵を作ることは、国を治める者に共通する権謀術のひとつだけど、中国共産党のそれは次元が違った。
なにしろ”旧日本軍を打ち負かし人民を解放した”ことが、現政党の存在意義だからだ。
戦後60年経とうとしている今でもこれは現在形であるということだ。
そんな『愛国教育 = 反日教育』に力を入れ始めて今年で14年。 天安門事件当時6歳だった小学生は、今や20の社会人や大学生となった。
西安事件の舞台となった西北大学で学んでいた生徒達もそんな子供達だ。 数百人ものデモ隊は、「日本の畜生を追い出せ!」、「日本人を打倒せよ!」と勇ましいが、元はといえば日本人留学生達が文化祭で日中友好をモチーフとした、下品だったとはいえ他愛ない寸劇にすぎない。
一連の事態の深刻さは、『大衆の反日感情の大噴火は、今後どんなきっかけでも起こりえる。』ということだ。
『鐘をたたけば音が鳴る』という靖国参拝問題とはワケが違うのだ。
ロックは反日防壁となりえるか !?
そんな中、北京市の音楽大学でおこなわれた野外コンサートで、日本人ロックバンド「BRAHMAN」が演奏中、「日本人は帰れ!」などとヤジを飛ばされ、石や生卵をぶつけられ、メンバー全員がかすり傷を負っていたというニュースがあった。 コンサートが開催されたのは10月2日、同年9月末に発覚した珠海の集団買春のこともあり、反日気運が盛り上がっていたのだろう。 しかしメンバーは、そんな中でもひるまず予定していた9曲すべてを演奏したという。 見事である。 ロックの反骨精神を貫いたというのは大げさだけど、少なくとも途中で引っ込むことなく全曲演ったというのがスゴイ。 このニュースは続きがあって、ヤジは数曲目まで「出て行け!」コールが続いたが、その後は音楽に引き込まれるように聴衆の態度は鎮まったという。 【関連記事 】
中国や韓国が政策的にまたは感情的に反日なのは 決して数十年前の旧日本軍に対してだけではない。
政治家や市民団体は、「あのときは悪かった・・・」と謝罪することで攻撃の矛先をかわしていたどころか、自分たちだけ善意の人になったつもりでいたのかもしれない。
けれども、事態はそう単純ではなかった。 中国人や韓国人は現在の日本人一人ひとりに対しても同様に反日感情を持っていたのだ。
きちんと論証もせず、かといって第三者を仲介にするロビー活動もせず、ただその場しのぎ的に謝罪し続けた結果がこうなっているとも言えるのだ。
戦後ドイツ人は「あれはナチスのやったことでドイツ人総意ではなかった。」と、過去と現在のドイツ人を切り離すことに成功したが、日本はそういうわけにはいかなかった。
またドイツの近隣諸国も、政治的にこれ以上ドイツ人を責めても利益がないと判断したのだ。
しかし、日本や日本人に対しては、責めれば責めるほど利益がでてきた。 政治的にも優位性が出てきた。
こうして、謝罪外交と善人症候群が戦後50余年を通じて彼らに旨味があることを証明し続けることとなった。
ゆえに、過剰なほどの反日教育で育った中国人や韓国人にこれ以上、「謝れば許してくれる。」と信じるのは危険だ。
そもそも、なぜ彼らが反日教育を徹底せねばならなかったのかを考慮する部分がすっぽり抜けているからだ。
どんな国だって、歴史は自国を正当化して解釈するのが常だから謝罪そのものが正体不明だし、どんな言葉を綴って謝ったところで反日感情が鎮まるわけでもない。
結果として、”反日感情を沈める政策は今のところない”というのがぼくの意見だ。
どんなに謝罪しようと、ODAで何兆円使おうと、反日教育の動機が変わらない限り解決するほど事態は容易ではないからだ。
けれども、である。 政策的には確かに手段はないかもしれないけれど、こうして民間レベルではまだ希望が残されているのかもしれない。
ほんのわずかではあるけど少しずつ堅くこわばった彼らの感情を解きほぐす手段があるのかもしれない。
例の日本人ロックバンドコンサート・ヤジ事件は、最後は楽屋まで詰めかけた聴衆が、「観客の一部にバカがいたけど、アレがすべての中国人とは思わないで欲しい。」と訴え、翌日には多くのミュージシャンが前日の最低な行為に対する批判をおこなった
という。【詳細記事】
こうした反日感情を和らげる片鱗を担えたのも、確かにBRAHMAN(ブラフマン)の素晴らしい演奏があったからこそなのだろう。
ウチのバンドが同じ状況で演奏したとしたら・・・・ と考えるとちょっと怖い。
Jan. 02, 2004 (なおきち) |