16の風景

 人それぞれ個人差はあるだろうけど、ぼくの場合音楽の密度がもっとも濃かったのは、16歳から19歳までの間だったように思う。 そのころは音楽なしではどうにも落ち着かなかった。 部屋の中や登下校はもちろん、授業中もイヤホンを制服の袖口から出してこっそり聞いていたくらいだ。 そのころの教科書には、聞いていたバンド名や曲がびっしりと書き込まれていたと思う。休みの日にはウォークマンをベルトにさして、一日中町をぶらつきながら、Sex Pistols やら Bauhaus やら Killing Joke なんかを聞いていた。だから風景は曲と共に記憶され、当時つきあっていた女の子の顔も聴いていた曲と一緒に思い出す。 いつも好きな曲の歌詞を舌の上で転がし、英語のテスト解答用紙にはふざけて『Bodies (おまえは売女) 』の歌詞を書いて提出したりした。 そのころ部屋に連れ込まれたガールフレンドはぼくの聴いている曲を聴いては顔をしかめていた。あまりラジオやテレビではかからないような曲ばかりだったし、愛や希望を歌う歌詞などひとつもなかったからだ。 パンクロックをBGMに愛を語ろうとするイカれた高校生は、1979年当時 広島ではぼくくらいのものだったろう。
当時のお気に入りのひとつ、
Sex Pistolsのファーストアルバム

 月に何度か放課後に買ったばかりのレコードを持って、近くのロック喫茶へそれをかけてもらいに行った。その店はたいてい暇だったし、たまにほかに客がいてもなじみの人間だったので、マスターは快くぼくのレコードを大音量でかけてくれた。その時の感覚は今でもはっきり覚えている。音の粒子が店内のたばこの煙や塵と混じり合い、毛穴を通じて身体の中にしみ入った。まるで内蔵の中から音が聞こえてくる感じが妙に心地よく、ぼくの身体はスピーカーと一体化し、気がつくとテーブルをたたく振動でコーヒーカップが床に転がり、たばこの吸い殻が散乱していた。

 やがて大人になるにつれ、しだいに音楽について強く意識することはなくなった。街やメディアで普通にかかっている曲を批判無く受け入れ、そして忘れていった。音楽に対する思い入れは何倍も薄まり、20代・30代と20年かけてようやく16歳から19歳までに聴いた曲数に追いついた感じだ。あの時代のひりひりするような感覚はもう得難いし、そもそも音楽から得られるものなど今の生活にありはしない。どれほどいいHi Fiオーディオで聴こうと、隣人から壁を蹴とばされるほど音量を上げようとも、あのちっぽけなカセットプレーヤーが奏でていた音楽を超えることは無いのだ。


 ・・・と数ヶ月前までそう思っていた。

今、こうしてメンバーとバンドごっこをしていると、あれ以来未消化だった音楽をうまく吸収できそうな気になることがある。かつて、メンバーの一人が自殺したことをきっかけに空中分解したバンド活動以来、20年ぶりに握るドラムスティックを通じて、わずかながら身体がスピーカーになれる感覚がある。たとえ下手でも、やっぱり音楽は聴くより演るようがいい。見るより見られる方がいい。語られるより語る方がいい。演奏中他のメンバーと一体化するドライブ感。今の生活に活力を与えてくれる一瞬だ。

16歳の時の自分ほど鮮明ではないけど、あの時にしか見えなかった風景に出会える一瞬だ。

Nov. 28, 2003 (なおきち)


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